アオバが今年で創業33年目、
気が付けばずいぶん長い月日が流れました。
「初心忘れず」と言葉ではよく言うけど、
アオバの初心って何だったろう、
そして私自身はその時どんな気持ちだったろうか、
と思うことが増えてきたので、
この辺で文章にしておいてみます。
ご興味のある方、付き合ってください。
アオバスタートの時、
白井社長は49歳、
私は35歳、
もう一人営業を担当するために仲間になってくれたのが
鈴木圭一さんで(私たちは圭ちゃんと呼んでいました)
当時28歳の若さでした。
アオバはこの3名で、東池袋の都電停留所の近くで
「株式会社 抗酸化食品普及協会」
という舌をかみそうな名前でのスタートしたのです。
「活性酸素を大量に発生させるプロ」だった私
今でこそ、予防医療が大切とか、
元気で長生きするためになどと
偉そうに講演活動などを行っていますが、
その頃の私は今思えば
「活性酸素を大量に発生させるプロ」だったようです。
ソーセージとポテトでビールを飲むのが最高と思い、
スポーツは体に良いと信じ込んで
週に5回もエアロビクスやバドミントンで汗をながしていました。
自分は健康と過信していましたから、
子育て、スポーツ、仕事と、
短い睡眠時間でよく働き、よく動き回っていました。
丹羽耕三博士が講演で
「バランスの良い食事
充分な睡眠
適度な運動
過労ストレスをさける。
これができなかったら、
どんなに効く薬を探しても健康にはなれない」
とおっしゃっていました。
それを体で知らされる事件が程なくして私の身にもおきました。
それは又後ほどお話します。